日本の「潔さ」は間違い?【2005年6月25日発行分】
戦後六十年たった今、日本は、中国、韓国、北朝鮮に戦前の日本の歴史に謝罪が足りない、賠償金を改めて払えなどと言われ、その度にペコペコと謝罪したり、ODA名目での賠償金を出したりと、まるで敗戦直後に講話処理をしているような感じである。
戦前、中国、朝鮮に進出し、朝鮮を併合したり、満州国設立にかかわったりしたことは事実であるが、それなりに莫大な投資と技術をも提供したのも事実である。
これを金銭的に清算すると逆に清算金を返してもらわねばならない勘定になる。
しかし、日本は連合国に敗戦し、「潔く」敗戦を認め、それぞれの国に謝罪し、賠償金を払うものは払い、講話条約、平和条約を締結したにもかかわらず、改めて蒸し返されるのはどうしてだろう。
戦争はスポーツとは違うが、いずれにしても勝負がついたら、勝っても負けても「潔さ」がなければならない。
戦争にはルールがあっても無いのと同じである。その最たる証拠には、米国が原爆を使い、無差別爆撃で一般市民を大虐殺し、ソ連は日ソ不可侵条約を一方的に破るというルール違反をしている。
それでも敗戦を「潔く」日本は認め、グチも言わず戦後は、ひたすら、平和に徹してきたのである。
この「潔さ」が、中国、韓国、北朝鮮からみると“軟弱で腰抜け”に見えるのであろう。
確かに、今の日本人は“平和ボケ”しているから、そう見られても仕方ないところはある。
とすれば、日本人の美学である「潔さ」は国際的には通用せず、間違いだったということか?
ならば、「潔さ」を返上し、狡猾さと屁理屈と最強の軍事力を持たねばならなくなる。
(ふくだ)
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