歴史と情緒の街・神楽坂
東京・神楽坂といえば、かつて野球の早慶戦を制して優勝した早大生が、酔い痴れてスクラムを組み練り歩いた。新宿が開けるまで、山の手随一の繁華街で、徳川幕府(尾張藩)のもとに整備され、名所旧蹟も多い。
東京・山の手といわれる「牛込」の東部、外堀通りに面し、JR、地下鉄・飯田橋から狭い繁華街の坂道をあがると縁日が盛んだった毘沙門天。左右に飲食店が多く、左裏に名門「東京理科大学」(むかしの東京物理学校)がある。
いまでも古い情緒のある街として、よくテレビドラマに登場する。昔から早稲田大学をひかえ、多くの文士が居住し、また夏目漱石、泉鏡花、尾崎紅葉ら多数が神楽坂を描き、文学的雰囲気が濃かった。新潮社、旺文社、大日本印刷、東販など、印刷、出版、梱包、運輸の関連企業の町という側面もある。
北原白秋もかつて「物理学校裏」を著しているが、この東京理科大学が創立百二十五周年を迎え、記念事業として「神楽坂キャンパス再構築計画」を五年前にぶち上げ、長く住む居住者とドロ沼の交渉をつづけている。
大学の虚実、近隣市民を大切にする
東京理科大は、米国のS&P社から格付け「AA一:安定的」という、「トリプルA」から四番目に相当する高い評価を三年連続取得したと胸を張る。神田に発し、神楽坂に校舎を移して百年目。三年前、薬学部が千葉県野田キャンパスに移転。ここで「都心型キャンパス」の理想を目指すとして、神楽坂地区再構築計画を次のようにするとして、卒業生たちにも寄付を要請している。‥
これでは等価交換ではない「トレンド」料理長の苦渋
では永年、そのたびごと何度にもわたり、理科大の改発計画に揺さぶられてきたという近隣住民はどうか。
大学のすぐ東隣、‥
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